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四畳半漂流記 ― 便利と不便の遠近法 ― / 前編
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四畳半漂流記 ― 便利と不便の遠近法 ―
【前編:便利さは人との距離を作る】
歌詞が書けない。
とにかく書けない。
スランプ。
バイクがあるから比較的フッ軽で転々と移動するんだけど、
最終的に長居する場所は限られてくる。
そんな、特にお世話になってる場所。
そのひとつが
戸山公園。
近いから昼夜問わず散歩にもよく使う。
沈丁花の香りが漂いはじめると無駄に滞在するし、桜は暴力的に目に優しい。
ついでに今やホモの集団花見の聖地。
昔は新宿御苑に大量発生していたのだけど、
酒の持ち込みが厳しくなってから民族大移動よろしく戸山公園へ桜ジプシー。
春は桜と沈丁花とホモ。
新宿らしいと言えば、たいへん新宿らしい。
そんでもって、
箱根山。
標高44.6メートル。
山手線内で最も標高の高い〝山〟。
登れば景色もいい。
まあ箱根山には箱根山で、
昔から別の意味で〝景色〟を楽しみに来る皆様もいらっしゃるのだけど、
それはひとまず置いといて。
とにかく自分にとって戸山公園というのは、
歌詞を書いたり、散歩したり、春の匂いを先取りする、
とても馴染みのある場所なのだ。
そして、そのすぐ隣に戸山団地がある。
ここを歩くたび、昔からちょっと気になっていたこと。
高齢者、多くない?🤔
いや、悪い意味ではないんだけど。
それにしても多い。
ものすごく多い。
そこで思い出すのが、菊地秀行先生の『魔界都市〈新宿〉』シリーズ。
『魔界都市ブルース』や『凍らせ屋』シリーズに登場する、
破滅的に美しい若き長老、
夜香さん♡
戸山団地をモデルにしたあの世界の〝戸山住宅〟には吸血鬼一族が住んでいる。
小説の中での設定だったはずなのに、
現実の戸山団地を歩いていると、
そこら中にいるじゃん、長老(先代)たち。
と思ってつい夜香を探してしまう。
もちろんいるわけはない。
いてせいぜいキャピってる早大生くらい。
でも「高齢者が多い?」という印象そのものは、
自分の錯覚ではなかったようで。
2013年2月時点の都営戸山ハイツ(団地)は、
人口6020人、そのうち65歳以上が2909人。
高齢化率48.3%。
半分近い。
さらに後年の調査では、
50%を超える高齢化率も報告されている。
下手すりゃ魔界都市より現実の方が設定が強い。
そのくらいの光景ではある。
そもそも戸山ハイツは、
戦後の住宅難の中で造られた、歴史ある都営住宅。
1949年のニュース映画には、なんと、
「豪華アパート 戸山ハイツ」
https://www.youtube.com/watch?v=fjyaZGRDm0E
なんてタイトルまで残っている。
家賃1210円。
申し込み30倍。
今の風景を見ながら「豪華アパート」と言われても
「ん?」と脳が一瞬止まるけれど、
当時は本当にそういう存在だったわけで。
その後、昭和40年代以降に今の中高層住宅へ建て替えられていく。
そして自分が面白いと思ったのは、
もうちょっと違うとこ。
*
戸山ハイツをぼんやり歩いていると、
一階に妙に「昔は店だったんだろうな」という場所が多い。
シャッターだったり。
事務所だったり。
福祉関係の施設になっていたり。
追ってみたら、やっぱりそうだった。
戸山ハイツの都市計画には、
住宅だけではなく、
小学校。
保育所。
幼稚園。
集会所。
公園。
そして店舗。
計画上は6か所、96店。
つまり昭和の人たちは、
人間を入れる箱だけを大量に作ったわけではない。
そこで暮らすための〝町〟を一緒に作っていたわけで。
魚が欲しければ魚屋へ。
肉なら肉屋。
パンならパン屋。
髪を切るなら床屋。
洗濯物を出すならクリーニング屋。
生活というものに、
いちいち外へ出る理由があった。
今も商店会は残っているし、
店が全部消えたわけではない。
ただひとつ。
空き店舗を利用して2011年に
『暮らしの保健室』という医療・介護・生活の相談拠点が生まれた、
という話は、読んでちょっと考えてしまった。
これはもちろん、とてもいい取り組みだと思う。
でも少し皮肉でもある。
昔なら、
魚を買うため、
肉を買うため、
髪を切るため、
パンを買うために外へ出た。
店の人と顔を合わせた。
近所の人に会った。
「あれ、最近あの人見なくない?」
なんてことも、たぶん勝手に起きた。
その〝勝手に人と会う場所〟が減ったあとに、
今度は人と地域を繋ぐための場所を意識的に作る。
もちろん、
店が減ったから孤独になった、なんて単純な話ではない。
でも、人間同士の接点というのは、
昔はわざわざ〝交流〟なんて名前をつけなくても、
生活の中に勝手に埋め込まれていたんじゃないだろうか。
そんなことを考えていて、
もうひとつ思い出したことがある。
2013年6月27日。
誕生日前日のこの日、
ソロ作品の『タイムカプセル』の件でてんやわんやしてたり、
翌日の『桜井青、誕生20周年記念公演』@新宿ロフトを控えて、
秦野さんや響子とリハをしたりしていた。
ついでに、
宣弘社制作特撮番組『シルバー仮面』のBlu-ray発売日で、
自分へのプレゼントと小躍りしていた。
そんな日だった。
いい日だった。
その同じ日。
戸山公園の箱根山の草むらから、
成人男性とみられる腐敗した遺体が見つかった。
一部は白骨化していたという。
当時の報道では、
通行人の女性が「男の人が死んでいるようだ」と110番通報した、とある。
戸山公園は、
自分が歌詞を書くためにめちゃくちゃ使っている場所。
『春の日』、
『ミッドナイト!ミッドナイト!ミッドナイト!』、
他にもたくさん、
箱根山や戸山公園でぐったりしながら書いた歌詞なわけで。
\⭐︎閑話⭐︎/
前年、自分は盛大に失恋していまして。
8年にわたる恋の行方は絶望というか、
それこそ忘れることでしか叶わない願いってやつでして。
当時のTwitter漁ったら、
誰もいない公園は、
桜の絨毯、泥化粧。
踏まれ滲まれ可憐さは、
それでも最後の美を教え、
終わる節句を飾ります。
誰もいない公園は、
桜の鍵盤、歌う雨。
それは良くあるれくいえむ。
道行く人には聞こえない、
とある季節のれくいえむ。
誰もいない公園は、
桜の葬列、送る春。
みたいな『春の日』作るための走り書きみたいなのが出てくる始末。
死ぬ。
殺してくれ。
でもまあ、
おまえはそのうち独り身の真理に辿り着く。
大丈夫だ、と今なら言ってあげたい。
\⭐︎閑話休題⭐︎/
恋だの。
失恋だの。
まだ好きだの。
そんなことを考えていた人間のすぐそばで、
一人の人間が腐乱していた。
怖いと思ったというより、
なんだかとても悲しかった。
誕生日にそんなツイートをしたくなくて、
当時はTwitterには書かなかった。
でも、よく覚えている。
そんな思いと腐乱死体が交差する、
戸山公園。
もちろん、
その人が誰だったのか。
高齢者だったのか。
戸山団地の住人だったのか。
なぜそこで亡くなったのか。
事件だったのか。
自分にはわからない。
確認できた当時の報道では、
そこまで書かれていない。
とっくにネットの海の底に沈んでしまってる。
だから、
この出来事を戸山団地の高齢化と結びつけるつもりはない。
でも、考えてしまう。
すぐ隣には、何千人もの人が暮らしている。
そのすぐそばで、
一人の人間が一部白骨化するほどの時間、
誰にも見つからなかった。
それだけはシンプルな事実。
これからさらに高齢化していく社会で、
同じように誰にも気づかれないまま消えていく人が絶対に現れない、
なんて言い切れるんだろうか。
人がたくさん住んでいることと、
人が孤独ではないことは、
どうやら同じではない。
そんなことを考えていたら、
実家のことを思い出した。
*
茨城県石岡市、守横町。
実家の前には『守横通り』という旧い通りがある。
かつては賑やかな商店街。
子供の頃の記憶はまざまざと残っている。
本当に色んな店があった。
両隣には酒屋と駄菓子屋。
向かいにはガス屋に靴屋、時計に宝石商、鶏肉店。
その先には魚屋、製菓、町中華、天ぷら屋に煙草屋。
旅館。
乾物屋。
クリーニング屋。
飲み屋。
左官屋。
鉄工所。
レンタルビデオ。
洋品店。
覚えているだけでも、
まだまだある。
町中華の『大番』はオムライスがめちゃくちゃ美味かった。
煙草屋はジャンプの密売所。
日曜日の夕方になるとジャンプが買えた。
幻の金曜ジャンプ。
伝説の土曜ジャンプ。
そして禁断の日曜ジャンプ。
月曜日、学校の朝、
ひと足先に全部知っている。
ただそれだけのことがステイタス。
ちょっと偉くなった感じ。
小学生なんてそんなもんだったしね。
地方都市のデパート、
コーキショッピングプラザという店もあった。
なんなら桜井家は高喜(コーキ)の一族だった。
今はツルハドラッグになっている。
もちろんそれはそれで便利だ。
薬はあたりまえ。
ボディーソープもシャンプーもブリーチ剤も買える。
洗剤も掃除用具も買える。
食料品も酒もサプリもプロテインも買える。
というか日用品は大概買える。
一軒で済む。
便利。
ものすごく便利。
でも昔は、
欲しいものの数だけ行く店があった。
守横通り。
玄関を出れば、
すぐそこで魚屋の魚岩さんが今でも営業している。
頼むと、
昔と同じような刺身の盛りを作ってくれる。
懐かしいお刺身の盛り合わせ。
丸三そば屋も残っている。
実家の近所に、
今でもあんなにおいしい本格的なカレー南蛮があるのがとても嬉しい。
電話一つで出前が届く懐かしい風景。
Not UBER。
だからなのか。
自分は、
この町内にまだ残っている店を、
なんだか誇らしく思っている。
たぶん自分が惜しいと思っているのは、
建物でも看板でもない。
魚が欲しければ魚屋へ。
野菜が欲しくても魚屋へ。
卵が欲しければ鶏肉店へ。
酒が欲しければ酒屋へ。
時計が壊れれば時計屋へ。
ジャンプを誰より早く読みたければ煙草屋へ。
昔は、
欲しいものの数だけ行く店があった。
用事の数だけ、
外へ出る理由があった。
そして外へ出る理由の数だけ、
人とのコミュニケーションが当たり前だった。
自分には昔から、
ひとつ持論がある。
便利さは人との距離を作り、
不便さは人との繋がりを作る。
便利なものを否定したいわけじゃない。
自分だって通販を使う。
スマホも使う。
便利な方がいいに決まってる。
ただ、
人間は便利さを手に入れるたびに、
「誰かに頼まなくてもいいこと」
を増やしてきたんじゃないだろうか。
そして、
「誰かに頼まなくてもいいこと」
が増えるということは、
「誰かに会わなくてもいいこと」
が増えることでもある。
だったらこれから作る町には、
家だけじゃなく、
人間が人間に会うための仕組みまで、
必要なのかもしれない。
そしてそもそも、
自分たちはどうしてこんなに、
誰にも会わずに生きられるようになったんだろう?
なんとなく、
当時の空気を思い出すと、
一つだけ思い当たる節がある。
日本に、
あの日、
〝ソレ〟がやってきた。
1983年7月15日。
文化がひと足先に未来へ進んだ日。
〝ソレ〟は現代に連なる、悪魔の発明だったと思う。
――後編へ。
※後編は明日10/1、18時公開!!※