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来世こそカミングアウト‼️
今日は国際カミングアウトデー。
なんだか仰々しい名前の記念日なわけで。
そもそも自分が若い頃には、カミングアウトなんて言葉はあまり耳にしなかった。ゲイ雑誌〝アドン〟ではじめて見た言葉。それまでは「ホモバレ」なんて言っていた気がする。
てか、自分はホモであることを隠したことがない。☺️
いつからホモだったかってのは、記憶を遡ると朧げながらに「ああ、アレか、、、」と確信が持てる。きっと今なら大問題なんだろうけど、昔々の田舎の小さな事件なんて今じゃどうでもいい話。
バンドを始めた頃にはすっかりホモとして仕上がってたし、別に勇気を振り絞ってノンケに告白したわけでもない。
だって、隠す方が馬鹿らしかったんだもの。
そもそも20代の半ば頃、自分の世界の中心は新宿二丁目だった(今じゃ住んでる始末)。
短い間だけど〝ルミ子〟だったし、〝ヨネ子〟にもなった。その後は結構長いこと発展場を掛け持ちで働いていた。
周りを見渡せば、右も左もホモしかいない。
そんな世界で暮らしていたら、カミングアウトもへったくれもない。だって、ホモであることが当たり前なんだもの。
考えてみれば、ずいぶん特殊な環境にいたんだと思う。
世間一般とは少し違う場所に、自分の日常と常識があった。
そんな二丁目仕込みの常識を、そのままバンドの世界にも持ち込んでしまった。
そもそもカリ≠ガリ結成当初の1993年、自分はすっかり〝オネエ〟になっていた。一人称なんてデフォルトで「あたし」だもの。
今さら普通の男のフリをするのもめんどくさいじゃない?
なんなら対バン連中との打ち上げで「自分、男好きなんですけど大丈夫ですか?」みたいに初見で言って他のバンドと仲良くなってた。
今思うと〝ある意味〟、〝ホモキモい〟逃れの処世術だった気もする。
隠す気なんてさらさらなかったけど、先に言ってしまえば妙な詮索もされない。案外、無意識に自分の居場所を作っていたのかもしれない。
幸いなことに、自分はホモだと知られて迷惑だと言われたことがない。そういう意味では、ずいぶん恵まれた人生だったのだと思う。
もっとも、その居心地のよかった二丁目とも、音楽を本気でやるために距離を置くことになるわけですが。
まさかの二丁目断ち。🥃
ホモをやめたわけじゃない。二丁目にいる時間を、音楽に使うことにしただけ。
人生、妙なところで禁欲的になるものね。苦笑
もちろん、隠して生きる人にはその人なりの事情がある。そこに自分如きが口を出すつもりは一切ない。
もう15年は経ったかな?代々木公園でのゲイパレード。戸川昌子氏のライヴ。あの時のMCで、とても心に残る言葉を聞いた。
確か、こんな感じのことを言っていた。
男と男が、女と女が、
とかそんなことはどうでもいい。
人間が人間を好きになる。
愛すこと。
ただ、それだけのことだ、と。
あの言葉は本当に沁みた。
胸を撃ち抜かれた。
そうなのよね。
誰が誰を好きになろうが、本来そんなに大騒ぎするようなことじゃない。
本当に当たり前のこと。
ただね。
人間が誰を好きになるかという、そんな個人的なことを、わざわざ国際的な記念日にしてしまう世の中というのも、なんだか不思議なものだと思う。
もっとも、そんな記念日が必要とされる事情もあるのでしょう。同性愛というだけで罪に問われる国があるなんて、自分には正気の沙汰とは思えないもの。
誰もが自分のように生きられるわけじゃない。
だから、カミングアウトすることにも、しないことにも、それぞれの人生があるんだと思う。
自分には自分の人生しかわからない。
でも、ひとつだけ確かなことがある。
来世があるなら、
自分はまたホモでありたい。
理由?
難しいことはよくわからない。
ただ、肌に合う。
ほんとそれだけ。
